伊根浦・舟屋・漁村・景観

  京都府:歴史・観光・見所(ホーム)>伊根浦
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【伊根浦の歴史】伊根町は京都府北部の丹後半島北東部に位置しています。町には浦島太郎伝説や徐福伝説が伝えられており、特に浦島太郎伝説は奈良時代に成立した「日本書紀」や「万葉集」、「丹後国風土記」にも記述がある事から、人の営みのようなものはあったと思われます。平安時代になると、伊根庄が成立したと見られ、鎌倉時代初期の建久2年(1191)に編纂された「長講堂所領注文」にその名が記述されています。又、、平安時代末期から鎌倉時代の歌人、随筆家として知られる鴨長明が詠んだと推定される「わかめ刈る与佐の入海かすみぬと 海人にはつげよ伊禰の浦風」の歌にも「伊禰=伊根」の地名が含まれています。

伊根浦は古くからの漁村として栄えた地域で、特に亀島が大きく張り出す事で伊根湾を形成し、青島が亀島と陸上の中間に位置する事から極端な自然環境から漁村や港が守られ、潮の干満差く(年間50cm程度)が少ないなどの特徴を持っています。これらの事が背景となり青島は伊根浦の住民にとって信仰の対象となり、元和5年(1619)には蛭子神社が創建され、境内の樹木は神域の為に伐採が禁じられ、古くからの植物形態が残される結果となっています。中世に入ると次第に富を得る家も増えてきたと思われ、他地域の神社に寄進する人も現れ、江戸時代に入ると概ね宮津藩領となっています。宮津藩は魚納屋制度を確立、伊根浦で採れた魚介類は中間集荷人を通さなければならず、その中間集荷人が制度を悪用する例が後を絶たず大変苦しめられ、度々藩に訴えを起しています。

【伊根浦の特徴】伊根浦沿いに建てられた古民家は舟屋造りと呼ばれる独特な建物で、概ね木造2階建、切妻、妻入、1階部分は直接湾から船が舟屋内部に引き込めるように、湾側には外壁を設けず、内部は太い梁で両側の外壁を繋ぎ、外壁以外に壁や柱を無くするような工夫が見られます。床は石敷で、湾側には水面から傾斜路を設けて船を引き上げ易いような仕組みになっていて、2階部は居室又は漁業関係の道具などを収蔵出来る倉庫として利用しています。主屋は別棟で木造2階建、切妻、桟瓦葺、平入が多く、外観は町屋建築のような形状をしています。伊根浦に見られる舟屋による漁村の景観や町並みは全国的にみても大変貴重な存在で平成17年(2005)に漁村としては初めて、「伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているもの」との選定基準を満たしている事から、種別「漁村」、名称「伊根町伊根浦伝統的建造物群保存地区」として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。伊根浦の保存地区(日出・高梨・西平田・東平田・大浦・立石耳鼻・亀山の8集落)は東西約2650m、南北約1700m、面積310.2ha、主屋130件、舟屋122件、土蔵127件、その他63件、工作物5件、環境物件15件、合計452件が構成要素として選定されています。

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 京都府:伝統的・町並み・探訪|伊根浦美山町北
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