舞鶴市: 大川神社

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概要・歴史・観光・見所
大川神社(舞鶴市)概要: 大川神社の創建は顕宗天皇元年(485)、冠島から金色の鮭に乗り由良川を上がってきた神が地元の漁師に自らを祀るように告げたことから宮柱を立て奉祭するようになったのが始まりと伝えられています。現在の祭神は保食神ですが、元々祀られていたという大川の神の詳細は不明とされ、出現自に左手に五穀の種、右手に養蚕の桑の種子を持ち金色の鮭に乗っていたことから農家や養蚕、漁師などから信仰が篤く、境内周辺に古墳が点在していることから当地方の開発神だったとも考えられます。当初は徹光山(標高:約200m)の山頂付近に社殿が建立され、祭神と鮭の関係性から近年まで鮭を食さない風習が残っていたそうで由良川筋の村々の総鎮守として広く信仰されました。古くから中央にも知られた存在で天武天皇5年(676)には勅使により幣帛が奉納され、持統天皇7年(693)には雨乞いの祈祷が行われています。格式も高く平安時代に成立した「三代実録」によると貞観元年(859)に従五位、貞観13年(861)に正五位下に列し、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳には加佐郡唯一の名神大社として記載されています(丹後国では7社)。江戸時代に入ると田辺藩主細川家が崇敬庇護し境内が整備され、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され明治5年(1872)に郷社、大正8年(1919)に府社に列しています。祭神:保食神。相殿:句々廼馳命神(木神)、軻遇突智神(火神)、埴山姫神(土神)、金山彦神(金神)、罔象女神(水神)。

現在の本殿は明治5年(1872)に建てられたもので、五間社流造、銅板葺、平入、正面千鳥破風、正面3間軒唐破風向拝付。拝殿は文政3年(1820)に建てられたもので、入母屋、桟瓦葺、平入、桁行3間、梁間3間、外壁吹き放し。中門は寛政2年(1790)に建てられたもので切妻、銅板葺、一間一戸、四脚門。大川神社の本殿、拝殿、中門は社殿建築の遺構として貴重な事から平成8年(1996)に舞鶴市指定文化財に指定されています。参道に面する荒木家は代々社家を務める家柄で、現在の建物は明和2年(1765)の建築、木造平屋建、入母屋、平入、茅葺、当時の社家建築の遺構として貴重な存在で京都府指定文化財に指定されています。

大川神社の文化財
・ 大川神社本殿-明治5年-五間社流造、銅板葺-舞鶴市指定文化財
・ 大川神社拝殿-文政3年-入母屋、桟瓦葺-舞鶴市指定文化財
・ 大川神社中門-寛政2年-切妻、銅板葺、一間一戸-舞鶴市指定文化財
・ 荒木家住宅(社家)-明和2年-入母屋、茅葺-京都府指定文化財

大川神社:写真

大川神社
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